思想は今日もゲート難02

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水曜連載|思想は今日もゲート難

第2回「競馬が急に面白くなくなってしまったあなたへ」

堅い決着や見慣れた展開が続く日に、競馬との距離を考えます。

第2回 連載コラム 競馬との距離

出馬表を開いても、心が動かない

皆さんお疲れ様です。期待値のマッキーです。

今回は、競馬が急に面白くなくなってしまった時のことについて話していきたいと思います。

いつものように出馬表を開く。人気を確認して、騎手を見て、前走映像も軽く振り返る。

それなのに、以前ほど気持ちが動かない日があります。

どうせ人気馬同士で決まるんだろうな。また外国人騎手が勝つのかな。逃げた馬がそのまま残って、差し馬は何もできずに終わるんだろうな。

レースが始まる前から、結果まで見えてしまったような気がする。

実際に一番人気と二番人気で決まり、配当も安い。勝ったのは、また上位人気の外国人騎手。展開も淡々と進み、直線では順番通りに力のある馬が抜け出してくる。

馬券が外れたから面白くないわけではありません。当たっていても、なぜか満足できないことがあります。

競馬が面白くないというより、自分が競馬に求めていたものが、今のレースから受け取れなくなっているのかもしれません。

なぜ面白く感じなくなるのか

堅い決着そのものが悪いわけではありません。

強い馬が強い競馬をして、上手い騎手が勝つ。それは競技として自然なことです。人気馬同士の決着にも、能力、適性、展開、騎手の判断が噛み合った理由があります。

それでも、同じような結果が続くと、競馬が予定調和に見えてくることがあります。

穴馬を探しても出番がない。展開を考えても隊列が崩れない。騎手の乗り替わりを見ても、結局は実績のある騎手が結果を出す。

「また外国人騎手か」という感想も、騎手個人への否定とは少し違うのだと思います。

自分が応援してきた騎手や、継続して乗ってきた人よりも、短期免許で来た実績上位の騎手が結果を出す。その積み重ねに、少し置いていかれたような気持ちになる。

そこには、競技の結果だけではなく、自分が見てきた過程や物語も報われてほしいという思いがあります。

面白くないと感じる時は、レースの質が低いのではなく、自分が期待していた驚きや納得が足りていないことがあります。

予想外の馬が走ること。応援していた騎手が工夫して勝つこと。展開を読んだ通りに差し馬が届くこと。自分が見つけた理由が、レースの中で確かめられること。

競馬の面白さは、配当だけではありません。

自分の見立てと実際のレースがつながった時に、「自分はこのレースを見ていた」と感じられる。その感覚が薄くなると、競馬はただ結果を確認する作業に近づいていきます。

今回のテーマ

競馬が面白くない日は、無理に面白がろうとしなくてもいい。

まずは、競馬を見ること、予想すること、馬券を買うことを分けて考えてみます。

見る・考える・買うを分ける

競馬が好きになると、いつの間にか三つの行動が一つになります。

レースを見るなら予想する。予想したなら馬券を買う。馬券を買ったなら、結果を受け止めなければいけない。

でも、本来は別々のものです。

一度分けて考えたいこと

  • 競馬を見ることを楽しみたいのか
  • 予想を組み立てることを楽しみたいのか
  • お金を賭けて結果を受け止めたいのか

競馬を見るだけの日があってもいい。予想だけして、馬券を買わない日があってもいい。好きな馬や騎手を応援するだけでも構いません。

買わなければ競馬に参加していない、ということはありません。

むしろ、毎レースのように馬券を買い続けていると、自分が何を面白いと思っていたのかが分からなくなることがあります。

当てること。回収すること。見送った馬に勝たれないこと。他人の的中に置いていかれないこと。

そうしたものが前に出すぎると、競馬そのものより、結果を管理することに疲れてしまいます。

競馬が急に面白くなくなった時は、知識が足りなくなったわけでも、競馬への愛情が消えたわけでもありません。

毎週のように考え、選び、外れた理由まで受け止めてきたからこそ、少し疲れている場合もあります。

好きなものでも、真剣に向き合い続ければ疲れることがあります。

堅い決着にも、見る場所はある

それでも競馬を見たいと思えるなら、配当とは違う場所を見てみるのも一つです。

なぜ人気馬が崩れなかったのか。なぜ逃げ馬が楽に運べたのか。外国人騎手は、どの場面で位置を確保し、どこで他馬より早く判断したのか。

結果だけを見れば「また人気馬か」で終わります。

けれど、道中の位置、折り合い、進路の取り方、仕掛けるタイミングまで見ると、同じ一番人気の勝利でも内容は違います。

堅い決着を好きになる必要はありません。ただ、なぜ堅く決まったのかを分けて見ると、次のレースで疑える条件も見えてきます。

今回は楽に前を取れた。今回は外から被されなかった。今回は人気馬同士が互いに牽制せず、自分の形で走れた。

そうした理由が分かれば、同じ馬が次も勝つとは限らないことも見えてきます。

面白さを取り戻す入口は、無理に穴馬を探すことではなく、結果が生まれた理由を一つだけ拾うことかもしれません。

自分なりの面白さを取り戻す

アルデ馬券思想組合では、「なぜその馬を買うのか」を大切にしています。

これは、すべてのレースで買う理由を探すという意味ではありません。

買う理由が見つからないなら、見送る。レースに興味が湧かないなら、無理に予想しない。応援だけしたい日は、期待値とは分けて楽しむ。

そこまで含めて、自分の判断です。

競馬を長く続けていると、知識が増えたぶん、純粋に驚く機会は減っていきます。

以前なら感動していた強い勝ち方も、「展開が向いた」「相手が弱かった」「騎手が上手かった」と分析できるようになる。

それは、競馬を楽しめなくなったというより、楽しみ方が変わる途中なのかもしれません。

当たったか外れたかだけではなく、自分がどこを見て、何を考え、どの判断に納得できたのか。

自分なりの面白さは、世間が盛り上がるレースではなく、自分の見方が一つ深まったレースに残ることがあります。

大きな配当がなくてもいい。意外な結果でなくてもいい。

この馬は強かった。あの騎手は上手かった。自分の展開予想はここが違っていた。

その一つを持ち帰れたなら、そのレースは完全に退屈だったわけではありません。

競馬から離れる日があってもいい

それでも面白くないなら、しばらく距離を置いてもいいと思います。

開催を一日見ない。予想を休む。馬券を買わず、重賞だけ眺める。結果も追わず、次に自然と出馬表を開きたくなるまで待つ。

競馬は、毎週参加しなければ失ってしまうものではありません。

面白くないのに買い続けると、競馬を楽しむためではなく、取り返すために馬券を買う形へ変わりやすくなります。

休むことは、競馬を諦めることではありません。

自分が何を好きだったのかを確かめるために、少し離れるだけです。

さて、今回のお話はいかがだったでしょうか。

競馬が面白くない日は、無理に楽しもうとしなくても大丈夫です。見ること、考えること、買うことを一度分けて、自分に合った距離まで戻ってみる。そのうち、また気になる馬や、考えてみたいレースが自然に現れるかもしれません。

それでは次週お会いしましょう。

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